Fukushima Circulation

~ 福島県を巡って ~

2016年11月

郡山市のお菓子

今回は、echoes在住の郡山市の代表的な
お菓子を3つほどご紹介します( すべて甘いです )

❆ ままどおる ❆
" ままどおる "はバターのたっぷり入ったミルク味の
餡を生地で包み焼き上げた土産菓子です
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" ままどおる "とはスペイン語で" お乳を飲む人々 "の意味
製造は福島県郡山市にある「 三万石 」
姉妹品にチョコ味の" チョコままどおる "があります
" チョコままどおる "は期間限定で10月~5月の販売です
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購入できる場所が基本的に福島県内、あるいは福島県近辺の
高速道路内売店、仙台駅「 S-PAL仙台 」などに限られているため
福島県民が県外に出向くお土産品として人気の高いお菓子です

子供のころ、本当にお世話になったお菓子です
( 今は、echoesの子供たちがお世話になっています )
お土産では喜ばれましたね
出張でお客さんのところに持っていくと
「 今度来るときまた持ってきて 」なんて頼まれたものです

❆ 薄皮饅頭 ❆
" 薄皮饅頭 "は福島県郡山市の土産菓子です
あまい饅頭で、名前の通り黒糖を使った薄い皮で
包んでいることが特徴です
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1852年(嘉永5年)から続く和菓子の老舗「 柏屋 」が製造販売しています
皮は小麦粉に黒糖を多く混ぜて作った生地を
使用しているため茶色をしています
通常の饅頭よりも皮が薄い分、餡の占める量が多いため
かなり甘いですが、くどい味わいではありません

現在、餡の種類で" こしあん "と" つぶあん "があります
また、小さいサイズの" 薄皮小饅頭 "や蒸篭に入れて
販売している" せいろ薄皮 "があります

そのまま食べるほかに、焼いたり、凍らせて食べたり
衣をつけて天ぷらにして食べたり、茶漬けにして
食べる人もいます

柏屋の当主である初代・本名善兵衛が考案したとされています
江戸時代の奥州街道の郡山宿で" 薄皮茶屋 "という店を
開き、主に旅人相手に販売していたそうです
それでもってこの薄皮饅頭" 日本三大まんじゅう "になっています
東京:志ほせ饅頭、岡山:大手まんぢゅう、そして福島の
柏屋薄皮饅頭が" 三大まんじゅう "だそうです

❆ 家伝ゆべし ❆
このお菓子は、郡山で製造しているお菓子ではないんですが
こちらでは、知名度の高いお菓子なのでご紹介します
( 因みに製造は郡山市の東隣の" 三春町 "で製造です )

鶴が翼を広げたように見える" 家伝ゆべし "の独特の形は
坂上田村麻呂が2羽の丹頂鶴に育てられたとの故事に
由来しています
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三春は坂上田村麻呂将軍から数えて二十五代の後裔
田村義顕公によって開かれた町です
「 かんの屋 」はそんな歴史の町" 三春町 "において
菅野文助により1860年「 菅野屋 」の屋号を名乗り
今に伝わる" ゆべし "づくりを始めました

その後" 家伝ゆべし "は庶民の口に親しまれ、城下町三春には
なくてはならない代表的な名物となり、交通の便が発達した
現在は、三春の名物から福島の代表的な銘菓となり
今につづいています

ゆべし( 柚餅子 )とは、本来柚子の実を使ったお菓子ですが
全国各地でその形状・味・製法はそれぞれ異なり
その土地でさまざまな系統の" ゆべし "が存在します

東北では" ゆべし "というと、柚子ではなく胡桃(くるみ)を
入れた四角形の餅菓子が一般的ですが「 かんの屋
家伝ゆべし 」はまた違った分類といえます
円形の薄いゆべし生地で、餡を包み独特な形で
蒸しあげた" 餡入りゆべし "で東北地方でありながら
独自の" ゆべし "を確立しています

いかがでしたかぁ
今では、甘いものが苦手になってしまったechoesも
子供のころは、おいしくいただいたお菓子です!
是非、福島に来られた時はお試しあれッ!!

因みにechoesが唯一食べれる餡のお菓子は
「 三万石(ままどおる) 」の" エキソンパイ "です
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ちょっと塩っ気の効いたパイ生地に、あまり甘くない餡が
とってもマッチしています、食べていくと胡桃が
アクセントになっていて、おいしいですよ~
福島県民としては上記3つ、echoes個人では
この" エキソンパイ "超お薦めです

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福島の方言(岩城弁編)

かたい記事ばかり載せていたので恒例の方言記事で

浜通り方言は、福島県浜通りで使用されている方言です
東北方言( 南奥羽方言 )の一種になります
大別すると" 岩城弁 "と" 相馬弁 "の2つに分けられています
岩城弁と相馬弁の境は夜ノ森が境のようです
( 岩城氏領と相馬氏領の境 )

前と同じで
:echoesが知っている方言
:echoesが使っている方言
それでは、行ってみましょうか( 汚い表現もありますがご了承を )

あげる ⇨ 吐く ( ゲ、いきなりでゴメンナサイ・・・ )
頭切る ⇨ 髪の毛を切る
あっぱとっぱ ⇨ あわてる様子、あたふた
あっぽ ⇨ う〇ち
あっぽくみ ⇨ バキュームカー、またはその作業
あらいーごど ⇨ うらやましがるときに使う( ご婦人用語 )
あらげる ⇨ 片づける
あんにゃ ⇨ お兄さん
いいくれかんくれ ⇨ いい加減
いいやんばい ⇨ いい具合、良い塩梅
いぎなし ⇨ いきなり
いごぐ ⇨ 動く
いじりこんにゃく ⇨ 触りまくること
いせばる ⇨ 威張る
いだましー ⇨ もったいない
いぢやける ⇨ 腹が立つ
いっきゃう ⇨ 偶然出会うこと
いっしゃ ⇨ おまえ
行ってみる ⇨ 帰る
いわぐ ⇨ 結ぶ
うすらがすら ⇨ ウロウロ
うっちゃる ⇨ 放っておく
うるがす ⇨ 水に浸す
うんと ⇨ いっぱい
えんと ⇨ 座ること
おーやだごど ⇨ あらいやだわー( ご婦人用語 )
おしめり ⇨ 雨降り
おっきょる ⇨ 折る
おっくりがえす ⇨ 掘り返す、ひっくり返す
おっこむ ⇨ 屋内に取り込む
おっこる ⇨ 落ちる
おっちめる ⇨ 押し込む
おっとばす ⇨ 突き飛ばす
おつよ ⇨ おつゆ、汁
おっぱす ⇨ 強く押す
おばんかたぁ ⇨ こんばんは
おもしぇー ⇨ おもしろい
おもしゃぐね ⇨ 面白くない、つまらない
おんまげる ⇨ ぶちまける
かいこ ⇨ 貝
がおる ⇨ 弱る
がぎめら ⇨ 子供たち
かして ⇨ どけて、どいて
かたっぽ ⇨ 片一方
かつけ ⇨ ~(誰々の)せいで
かっちゃぐ ⇨ 引っ掻く
かっぱらい ⇨ 泥棒
かっぽる ⇨ 放り投げる
かぴかぴ ⇨ 乾燥している様子
かむ ⇨ 匂いを嗅ぐ
からまり ⇨ ~頃
がんだ飯 ⇨ 芯が残っているご飯
かんまう ⇨ 構う、関わる
かんまがす ⇨ かき混ぜる
ぎっちょ ⇨ 左利き
くさっぽ ⇨ できもの、皮膚病など
くっちゃべる ⇨ しゃべる
くらすける ⇨ ぶん殴る
くんだす ⇨ 口から出す
げいぶん悪い ⇨ 外聞が悪い
けちくそ ⇨ ケチ
けづっぺだ ⇨ おしり
けづぬげ ⇨ やりっぱなし、開けっ放し
げっぴ ⇨ 最下位
けづめど ⇨ お尻の〇、ケチな人にも使う
けな ⇨ ください、ちょうだい
こー ⇨ 来い
ごせっぱらやげる ⇨ 腹が立つ
ごだっぱな ⇨ 青っ鼻
こっぱずがしい ⇨ 恥ずかしい
ごでっちり ⇨ たくさん
こわい ⇨ 疲れた
ざいご ⇨ 田舎、田舎の人
さってば ⇨ いつもそうだ
さってばさー ⇨ 今と言ったら今
ざわざわする ⇨ 寒気がする、ぞくぞくする
さんがら ⇨ 踊り好き
しおびき ⇨ 塩鮭
じぐっとしている ⇨ ずんぐりむっくりな様子
しっちょ悪い ⇨ あまり良くない
じっぱだぐ ⇨ ひっぱたく
しゃあんめぇー ⇨ しょうがない
しゃじ ⇨ スプーン
じゃんぽん ⇨ 葬式
しょう ⇨ 背負う
じんぐり ⇨ 順番に
ずーくじ ⇨ めんどくさがること
すっかい ⇨ すっぱい
ずっこしい、ずっこい ⇨ ずるい
すっぺったこっぺった ⇨ ああだこうだ(と言うこと)
すてばってる ⇨ 生意気で、ませてる
すりてん ⇨ すれた人
する ⇨ 剃る
せでいぐ ⇨ 連れて行く
そうりょう ⇨ 長男
そじる ⇨ だだれる
大した気して ⇨ いい気して
たがる ⇨ (虫が)つくこと、とまること
だす ⇨ (モノなどを)あげる
たっぺ ⇨ 凍結、アイスバーン
たでる ⇨ (ペットを)飼う
たぷたぷ ⇨ いっぱい、なみなみ
たんがぐ ⇨ 担ぐ
血だら真っ赤 ⇨ 血だらけ
調子こぐ ⇨ 調子に乗る
ちょうろぐ ⇨ まともに
ちょろまがす ⇨ ごまかして貰ってしまうこと
ちんこい ⇨ 小さい
ちんと ⇨ チョット
ちんたら ⇨ だらだらと
ちんにぎる ⇨ つねる
つかめる ⇨ 捕まえる
でっころぶ ⇨ 転ぶ
つっぺる ⇨ 誤って落ちる
つんつるてん ⇨ ズボンなどの丈が短い様子
つんのめる ⇨ 足を取られて、転ぶ
でっかす ⇨ 出くわす
とっかす ⇨ 取り上げる、取り返す
とっける ⇨ 取り替える
とっこす ⇨ 通り越す
どぶこ ⇨ どぶ、下水路

今回はこの辺で!( 今回は気持ちの落ち込みが激しい )
おぉ~・・・なんての多さ・・・
しかも会社で使っている言葉が多い
" ちんたら " " すぺったこっぺった "とか・・・

でも、ちょっと違うんですよね、海が近いからかなぁ
言葉が強いような感じがします
( 会津とはイントネーションが違います )
その地方、その地方の特色が出ていますよね

でもーこれ、やっぱり落ち込むわ~

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明治政府による国営事業の第1号

前回" 中条正恒と開成社の設立 "の続きです

明治になり、旧武士たちは士族と呼ばれていたものの
生活は困窮を極めていました
士族の生活の窮迫と新時代の不平から、西国では反乱が
相次ぎ士族の救済は急務となっていました

大久保利通をはじめ、ときの政府要人たちは、世界との差を
実感し国の未来には" 殖産興業★ "と" 士族授産★ "が
必要不可欠と考え産業を興し、士族救済の政策を
実施してきました

そのような折、明治9年の明治天皇の東北巡幸に先じて
下検分に福島・郡山を訪れた大久保利通に中条正恒が
福島県と開成社による大槻原開拓事業の成功、そして
国営安積開拓の必要性を力説しました

その熱意を受けた明治政府は、安積開拓と猪苗代湖から
水を引く安積疎水事業に乗り出しました
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これでは見ずらいので
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こっちのほうが分かりやすいですかねぇ

政府が本格的に士族移住に取り組むのは明治11年からで
福島県内では二本松・棚倉・会津、県外では九州の久留米
四国の高知・松山、中国の鳥取・岡山、そして東北の米沢の
9藩の士族など、全国から約500戸、2000人あまりの人が
移住してきました

★ 殖産興業
明治政府が西洋諸国に対抗し、産業や資本主義の育成により
国家の近代化を推進した、さまざまな政策を言います

★ 士族授産
職を失った士族の救済のためにとられた明治政府による
一連の政策を言います
農・工・商業への転職の推進
官有林や荒地の払い下げなど

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中条正恒と開成社の設立

安積開拓、今回の記事は前回以上に知っている人は
知っている記事です・・・
" 興味のある方は "で構いませんので、もし良かったら
眺めてみてください

中条正恒らは、旧二本松藩士の移住や安積郡の農民への
呼びかけだけでは、とても目標を達成できないため
民間参加による開拓を同時進行の形で進めました

これは、江戸時代後期から宿場町として栄えた郡山宿の
富裕な商人の出資による開拓会社を組織し、多くの
開拓者移住を募集するというものでした

中条正恒は、郡山の商人を集め開墾を力説しましたが
商人たちは開拓事業については全くの未経験であり
" 商売以外手を出すな "という家訓があったこともあり
開拓事業には乗り気ではありませんでした
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中条正恒と富商との会談図

それでも中条正恒は、地元の富商らと会談し
「 それぞれ富豪といっても村のため、国のため尽くすことがなければ
守銭奴と侮辱されることを免れることはできない 」と開拓の
必要性を説きました

この中条正恒の情熱に心を動かされた阿部茂兵衛など
25名の富商によって結成されたのが、安積開拓成功の
カギとなった" 開成社 "です
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開成社の社長として資材を尽くし、開拓に尽力した
" 阿部茂兵衛 "
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開成社 社員25名

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久保田三十三観音

福島県河沼郡柳津町久保田地区
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観音山は標高501m、1周300mの小高い丘陵に三十三体の
石の観音菩薩が安置され" まわり観音 "とも呼ばれています

江戸時代は文政元年(1818年)築の人が願いを込めて
一戸一体刻んだ石の観音像がひっそりと佇んでおり
一回り234mで" 聖観音 " " 如意輪観音 " " 十一面観音 "
" 千手観音 " " 馬頭観音 "など5~6mおきに三十三体の
観音石像が安置されています

十字架を手にした" マリア観音 "と呼ばれる珍しい
観音様を見ることもできます

また、妊婦が234mほどの参道を歩き、一体一体手を合わせ
" 安産を祈願した "といわれ、安産祈願の観音様としても
知られています
" 観音様祭り "が行われる4月29日は町内外から多くの人が
安全と健康を祈る姿が見られます

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