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相馬市の伝統、" 相馬野馬追 "が明日から開催します

δ 相馬野馬追 δ

福島県相馬市中村地区を初めとする浜通り北部
( 旧相馬氏領、藩政下では中村藩 )で行われる
" 相馬中村神社 " " 相馬太田神社 " " 相馬小高神社 "の
三つの妙見神社の祭礼です

馬を追う" 野馬懸 "、南相馬市原町区に所在する
" 雲雀ヶ原祭場地 "において行われる" 甲冑競馬 "と" 神旗争奪戦 "
街を騎馬武者が行進する" お行列 "などの神事からなります

東北地方の夏祭りの先駆けとみなされ" 東北六大祭り "の
一つとして紹介されるときもあります
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本来であれば7月23日から25日までの3日間の日程で神事と祭りが
一体となって開催されていたんですが、2011年からは祭りと
神事は分離されて、祭りを7月最終週の土曜日に開幕、神事を
24日・25日に日程を固定して実施することになりました

起源は、鎌倉開府前に相馬氏の遠祖である平 将門が、領内の
下総国相馬軍小金原(現・千葉県松戸市)に野生馬を放し
敵兵に見立てて軍事訓練をしたことに始まると云われてます
鎌倉幕府成立後は、このような軍事訓練は取締られたそうですが
この" 相馬野馬追 "は神事という名目でまかり通ったようです
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1868年の戊辰戦争で中村藩が明治政府に敗北して消滅すると
1872年に旧中村藩の野馬が全て狩り獲られてしまい、野馬追も
一時消滅したんだとか
しかーし、原町の相馬太田神社が中心となって野馬追祭りの
再興を図り、1878年には内務省の許可が得られて復活!
祭りのハイライトの甲冑競馬 および 神旗争奪戦は
戊辰戦争後の祭事となりました
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圧巻!

相馬氏は将門の伝統を継承し、捕らえた馬を神への捧げものとして
相馬氏の守護神である" 妙見大菩薩 "に奉納したそうです
これが現在の" 野馬懸 "に継承されています
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野馬懸

この祭りのときに流れる民謡" 相馬流れ山 "は、中村相馬氏の
祖である" 相馬重胤(そうましげたね)"が住んでいた
下総国葛飾郡流山郷(現・千葉県流山市)に因んでいるそうです

δ 開催地と三軍 δ
浜通り夜ノ森以北のうち、戦国時代から江戸時代にかけて
相馬氏・中村藩の領地に入っていた市町村で開催されます

各郷ごとに騎馬隊が編成され、さらにそれが神社ごとに
三軍に編成されます
中村城跡と相馬中村神社が所在する相馬中村地区で
編成される" 宇多郷勢 "の長は、中村藩主にならって
全三軍を率いる総大将になります
祭りのハイライトの甲冑競馬や神旗争奪戦は
南相馬市原町区の雲雀ヶ原( ひばりがはら )にある
相馬野馬追祭場地で開催されます
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甲冑競馬・・・いい顔してますねぇ
相馬野馬追(神旗争奪戦)
神旗争奪戦

妙見神社の神事ならびに君主の行列のため、上から見下ろすことは
いけないことだとされています
そのため、出陣式のときに通る中村第一小学校前の歩道橋は封鎖
付近の民家でも2階から見下ろすことは自粛するのが通常だそうで
徹底してますねぇ

今年の" 相馬野馬追 "の行事概要は
無題
こんな感じになっています
お時間のある方は、行かれてみては
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スゴクない・・・かい( とっても勇敢
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カワイイけど、カッコイイよ

では、この辺で