すでに報道されているように、福島県の4つの地域が
" 避難指示解除 "になりました
無題11
浪江町、飯舘村、川俣町山木屋地区が3/31に解除
富岡町が今日4/1に解除になりました
浪江町、富岡町は、まだ一部帰宅困難区域となっていますが
この解除になった地域の一つ" 飯舘村 "をご紹介!

2月末現在の人口は6089人でこのうち解除区域の
対象者は96%にあたる5828人とのこと
村は昨年7月に役場機能を再開させ、職員が住民の帰還に
向けた準備を進めてきました
昨年8月には交流・学習の拠点となる村交流センター
" ふれ愛館 "が開館し、同9月に村唯一の診療所
" いいたてクリニック "が診療を開始しました
今年5月には村営の宿泊体験館" きこり "が6年ぶりに
宿泊業務を再開、8月には" いいたて村の道の駅までい館 "を
深谷地区の県道原町-川俣線沿いにオープンさせ、交流
人口の拡大を目指すとのこと

昨日は、" 地域創生に挑戦 "ということで式典で村民が誓いを!
飯舘村の" いいたてむらおかえりなさい式典 "は前述した
村交流センター" ふれ愛館 "で催され、村民ら約300人が
「 までいの村 」復興への決意を新たにしたとのこと
式典の中で村民代表の方が
" 『 あたりまえ 』のことが『 ありがたい 』と思う宣言 "
" いいたて村に『 陽はまた昇る 』宣言 "
を読み上げ、出席者全員の大きな拍手をもって採択されました

その宣言の内容は
" いいたて村に『 陽はまた昇る 』宣言 "

6年におよぶ避難指示が解除されました

この日を待ちかねて 村に帰る人
長い非難の影響で すぐには戻れない人
避難先で暮らし 村の行くすえを見守る人

はじめの一歩はさまざまです

それでも

小さな子どもが 自然の中で遊び
年寄りが 畑で笑っていて
若者が 恋を語る

そんなかつての村の姿を
私たちは 一歩一歩 取り戻していきます

飯舘村が 再び輝くまで
決してあきらめない心で

までいの村に 必ず 陽は また 昇ります

" 『 あたりまえ 』が『 ありがたい 』と思う宣言 "

飯舘村は みんなで知恵をしぼり 力を合わせて
「 までい 」に村づくりを進めてきました

その愛着ある「 ふるさと 」の風景は
私たちの心の中に 今もしっかり生き続けています

私たちは 全村非難で「 ふるさと 」を離れたことにより
我が家が いかに いごこちの良い所であったか
家族や地域のつながりが いかに大切であったか
村の自然が いかに豊かで美しかったか
思い知ることになりました

「 あたりまえ 」のことが
とても「 ありがたい 」 ものであり
かけがえのない ものであると思い知ったところです

飯舘村は この「 あたりまえ 」を 今日から
一つひとつ取り戻していきます


この二つの宣言をされたようで、確かに拍手を送りたいです!
文中" までい " ⇨" 丁寧 "

飯舘村の菅野 典雄 村長がこんなことを
❄ 未来へ、きょうの一歩から ❄
おかげさまで きょう 避難が解除になりました
風評・風化が問題であり" 心配という声 "とても多いです
けれど、飯舘村は「 忘れないでください 」とは言わないように決めました
なぜって・・・
よその大災害をいつまでも忘れないでいる自信がないからです

だからこそ、忘れないようにするため
これから先ずっと この災害にしっかりと向き合い
かつ前向きにとらえ 復興の姿を発信し続けていくつもりです

「 あー、あの飯舘村、まだがんばっているんだ 」・・・と
「 原発事故で全村民非難させられた村だったよな 」・・・と
忘れられない村に・・・

そして、訪ねて行ってみたくなる村へ・・・


正直な気持ちですよね
確かに" 忘れないでいる自信 "なんてないですもんね
それに固い意志入れが感じられます

課題は、たくさんあります
インフラの問題、放射能の問題" 心配という声 "
まわりから見ても感じ取れますが、ちょっとずつでも
いいので、復興がんばってもらいたいです

最後に、新聞にこのような記事があったので・・・

❄ 種をまきます ❄

心にしまっておいた種を
6年間 大事に握りしめていた種を
戻れない仲間から託された種を
応援してくださった皆さんから手渡された種を
避難の暮らしで見つけた種を

それらの 大切な 種をまきます

種が芽吹いたら 大事に育てます
小さな花が咲いたら 急いで知らせます

その中のいくつかは
やがて幹を太らせ 葉を繁らせて
きょうの思いを 未来に告げてくれるでしょう

力を合わせて種をまきます

未来の 森の 種を